リスク分散は現実化するか 〈支援システム〉3

最近、地震のせいか、このブログは文学的宗教的な内容が中心となっていた。僕としてはこのまま突っ走ってもいいのだが、それではただでさえ少ない読者をより減らしてしまうだろう。今回は少しギアチェンジしてみる。
昨日ツイッターにも綴ってみたのだが、地震後、外国のほうがアクションが早い、というか大きい。いくつかの大使館機能は西日本へ移動したみたいだし、韓国では今日は雨を警戒して学校が休みだという。主としてツイッター情報だけど(というか上杉隆情報だけどーーちなみに広瀬隆には学生時代振り回されたので注意している)、どうも日本政府は原発情報を隠蔽しているようだ。というか、おそらくパニック回避のために計画的に小出しに情報を出しているようだ。
パニックといっても、島国日本ではおそらくパニックは起こらないだろう。代わりに今何が起こっているかというと、「放射能はヤバいのは知ってるけど知らないふり」あるいは「放射能は実はそれほど怖いものではなかったという自己暗示」状態となっている。
おそらく、国民の多くは、政府が情報を隠蔽していることには気づいている。東電なんか、いかにも「隠しています」という下手なパフォーマンスをしている。でも、上杉隆のようには騒げない。なぜか。ここが島国で、ほとんどの人がここ以外に行くところがないからだ。
だから「知っていて知らないふり」あるいは「放射能は実は大したことない物質」という理屈に“乗ったふり”をしている。もうそれ以外に選択肢がないからだ。仮に上杉隆がどのメディアにも登場することができるようになっても、これはたぶん変わらないだろう。長年、選挙という民意で選んできた選択こそが原発だから、この姿勢はある意味「大人」だといえる。
あとは、祈るしかない。

そして、この国では、国が変わるときは「外圧」が大きな契機となる。
もしかすると、東京一極集中が今回の地震と原発で変わるかもしれない。それは国民や政治家から自主的に沸き起こるものではなく、外国の動きによって決定されると思う。現在の大使館移動や、4月になってからの諸外国の日本を見る目の変化(同情・共感の対象から放射能恐怖の対象へ)が、世界の中の日本の位置づけを変えるかもしれない。また、東日本の生産拠点が壊滅的打撃を受けたことにより、部品工場等が西日本や外国に移動する(短期的か長期的かはわからない)。
これらの流れが、長年の政治・経済の課題だった東京一極を変える気がしてならない。メディアは、今回の震災が敗戦直後に匹敵する出来事だと評しているが、敗戦でも変わらなかった東京一極集中がもし変わるのだとしたら、今回の地震のほうが長い目で見れば大きなインパクトを持つものになるかもしれない。
そして、若者・子ども問題はどうなるのだろうか。リスク分散型社会は地域経済重視社会でもある。また、一部の政策決定が大阪・福岡・名古屋・広島に移動する社会でもある。
現在の大阪の若者支援は、実は日本でもかなり進んでいると僕は思っている。それは、大阪という土地の固有性(ある程度の規模の人口・経済があり、東京から独立する気風がある)に因している。こうした大阪的土地が全国に広がっていき、一部の決定権(たとえば外務省は大阪、経済産業省は名古屋というふうに)が地方に移譲されると、これは新しい国家となる。
堺屋太一風の夢物語で終わるのか、それとも「外圧」により地方へ権限が分散されるのか、これからの10年に注目だ。★

あらためて、今回の震災で亡くなられた方々のご冥福を祈ります。


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