2016年7月24日日曜日

どんな間食か②ビタミンCと頭髪問題

僕の父親は62才で飲み過ぎで死んでしまったが、50才頃にはすっかり頭髪が少なくなっていた。
だから遺伝的影響を確信していた僕は、52才になる今頃は父親と同じようにすっかりツルッツルだと予想していた。

だが予想は外れ、髪は残っている。
それはそれでまあよかったのだが、遺伝とは別に、加齢に伴う薄毛がこの頃は目立つようになってきた。

年相応なのでそれはそれで諦めているものの、この頃よく聞くのは「ビタミンC」効果だ。

ビタミンCが、薄毛を止めるらしい。あるいは育毛効果があるらしいということが最近はよく言われており、僕もいくつかのネット情報を熟読してみたところ、なんとなく本当のような気がしている。

ただしビタミンCを飲んだり食べたりしても効果は少なく、頭に直接散布する必要があるんだそうだ。
その散布剤みたいなのが6000円くらいで宣伝されており、またぞろ出てきた育毛剤、とは思いつつも、長年頭髪問題を研究してきた僕としてはやはり気になる。

以前、発売直後のリアップに飛びつき、「高血圧の方は避けてください」の注意書きを守らず大量散布したところフラフラになったという前科があるにもかかわらず、ビタミンC育毛剤にクラクラして憧れる毎日です。

あ、「間食」からズレてしまった。★

これはビタミンCではなくリアップ。水谷豊もにっこり。大正製薬HPより。



2016年7月22日金曜日

どんな「間食」にするか①グミ

油断するとこのドーナツぶらぶら息抜き日記を忘れてしまう。
気が付くと、前回からもう一週間くらいたっている。

今週は(といっても木曜になったが)、「間食」を考えてみる。

僕は1日1食ダイエットを追求するうちに、「1日オール間食ダイエット」に行き着いた。

毎回200〜400キロカロリー程度のものを2時間おきくらいに食べ続けると、19時くらいになると2000キロカロリーあたりに到達する。
ここにアルコール400キロカロリー程度が加わると2500キロカロリー程度になり、ちょうどよくなる。

お休みの日や保育園のお迎え担当の日はアルコールは摂らずにコメを食べる。
これは最近流行りの糖質制限ダイエットでもあるのだが、コメ・パン・粉モン・麺類を避け続けると、多少暴飲暴食になったとしても、かなりの体重安全圏にとどまることはできる。

ただ、間食の1回あたりの量が油断すると多くなり、1日の摂取カロリーが知らず知らずのうちに多くなっていたりする。

食事を考えることは、人間の欲望の拡大の実態と向き合うことになりそれなりに楽しいが、量は自然に増えることはあっても減ることはない。不思議です。

あ、グミのことを書くのを忘れた。「ビタミンCと頭髪問題」にも僕は関心があり、それとグミは大きく関係するので、明日につづく。★

こんなんとか(ネットから)



2016年7月15日金曜日

印象的だった街③阪急・石橋

僕が阪大の臨床哲学をきちんと学んだのが35才前後で、ラッキーにも阪大豊中キャンパスは自宅から阪急電車ですぐだった。

当時はまだ鷲田清一先生が「教授」で、これまたラッキーにも毎週先生のナマ講義を聞くことができた。

また社会人もたくさん参加していた金曜日6限(18:00〜)の臨床哲学の授業が終わったあと、最寄り駅の石橋までみんなでぞろぞろ降りてきて、もう店の名前は忘れてしまったが、馴染みの居酒屋で「議論」できて、すごくタメになった。

それ以外にも、大学院終了時に、鷲田先生・中岡先生・本間先生の三巨頭に招待されて、これまた石橋の超庶民的居酒屋で美味しい料理を食べたこともいい思い出だ。

また本間先生を中心に、よく石橋付近のカラオケに行き、僕はよくフリッパーズ・ギターを歌ったなあ。
それもいい思い出。

予定では大学院のあと博士課程も行こうと思っていたのだが、修士論文にあまりに入れ込んでしまい、博士課程入学願書を提出忘れたのもいい思い出。
それのおかげで今のドーナツトークを始めることができたし、終わりよければすべてよしですね。

阪大の大学院は本当に行ってよかった。みなさんも、社会人になってからの大学院はおすすめです。★

石橋。ごちゃごちゃしてる(ネットより)



2016年7月13日水曜日

印象的だったあの街②大阪府池田市「五月山の大文字焼き」

僕は最初の「ドーナツトーク社」(90年代後半)の事務所を茨木市に借りたが、すぐに池田市に引っ越した。

茨木市時代は昔からの友人に手伝ってもらったのだが、池田市に変わってからはほとんど自分1人で運営した。

池田は五月山や猪名川を抱える非常に古風な街で、引っ越して僕はすぐに気に入ってしまった。
それは最初の結婚が終わる寸前だったのでなお印象的だ。

まあそれはさておき、五月山には「大文字焼き」というものがあり、毎年8月の後半になると、五月山の2ヶ所で大文字焼きが行なわれた。

僕はそれを初めて猪名川の河川敷から眺めた時には妙に感動してしまい、遅くまでずっとその火を見つめていたものだ、
それは男性ジェンダー特有のロマンティシズムだろうが、ま、それもいいか。

昨日書いた真如堂そばの借家から見た本家・大文字焼きよりも、僕にとっては五月山の大文字焼きのほうがなんとなく異世界気分だった。★

結構ロマンチック(ネットより)

2016年7月12日火曜日

印象的だったあの街①京都・真如堂あたり

グルメシリーズもなんか狙い過ぎな気がしたので、もっと手軽な「印象的な街」シリーズを今週はやってみる。

僕は24〜5才あたりに、京都は左京区の真如堂の近くに住んでいた。
その少し前に始めた「さいろ社」(独立系出版社)の編集仕事はやりがいはあったが、このままで自分はいいのか、本当に医療や教育の社会問題を取材・ルポして一生食べていくのか(その頃やっと食べていけるようになっていた)、ずっと悩んでいた。

さいろ社の仕事は続けつつ、なんとなく自分を見つめるために(あるいは逃避するために)、京都の真如堂近く(京大の裏です)に、木造2階建ての2階すべて(3部屋あった)を借りて、さいろ社の松本君に大迷惑をかけながら自分を見つめ続けた。

近くに京都らしい銭湯があった。

高校の時の友人のアベくんが3ヶ月くらい転がり込み、その後インドに旅立っていった。

僕はそれでも、イマイチ自分のやりたいことがわからなかった。

空いた時間は、近くの真如堂をはじめとして、哲学の道や銀閣寺などをいつも歩きまわった。
さいろ社で取材した長野県の看護師さんたちを、哲学の道に案内したのもよい思い出。

そんなのを積み重ね、やがては茨木市にさいろ社は移転し、その後ぼちぼちと不登校の子どもたちへの訪問支援活動を始めたのだった。★

哲学の道の猫https://retrip.jp/articles/7098/より