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「叱ること」は本当に難しい 〈支援の現場〉4

僕は実生活ではほとんど怒らないが、実際に怒るときは結構恐いらしい(と、これまで僕に怒られた人たちは言っていた)。僕にとって「怒る」とは、年に一度あるかないかの珍しい出来事だと自覚しているのだが、それでもプライベートではもう少しの頻度(年に4回くらいかな)で怒っているそうだ。
「そうだ」というのは、自分では怒っているという自覚がないから。自分ではなんというか、冷静にかつ淡々と指摘しているつもりなのだけど、端から見ているとそれが「怒っている」ということになるみたいだ。
でもこれはプライベートのこと。もちろん手を出したりするのは論外にしろ、私的領域では時には感情を爆発させてもよい。というか、暴力や超大声はダメだが、時に少し感情が荒ぶる程度の怒りがなければ、私的領域では相手に失礼だとも思う。それは非常に疲れることでもあるので、日常的には僕はできないが。

これらはプライベートでの話。こうしたプライベートでの「怒り」と、対人支援(対子ども・若者)仕事の「怒り」はまったく違う(今回はカウンセリングとコンサルティングとの違いなど基本的なことは飛び越えて、日々子ども若者支援の「現場」で起こっていることから始めている)。仕事では、「怒り」を単純に表面化すべきではないという点でまったく違うと僕は思う。
仕事では「怒り」は単純に声や動作に出してはいけない、と僕は考える。その怒りは支援者の自分というフィルターを一度通して、「叱り」に変えるべきだと思うのだ。
怒ることと叱ることはどう違うか。それは単純で、叱ることには教育的配慮が含まれている。教育的配慮とは大げさで、その子ども/若者のことを考えてきちんと怒ってあげるということがここでいう「叱る」ということだ。
反対に「怒る」ことは単に感情の爆発に近い。感情に計画性がなく、他人のためというよりは自分のため(ひとことで言うとストレス発散のため)に「怒る」。プライベートではこんな怒りも(手と大声さえあげなければ)別に悪くはない。だが仕事では、こうした怒りはほとんど意味がない。なぜかといえば、そうした自己満足の怒りはまったく相手に響かないからだ。

たとえば、何かの作業をともにしていて、子ども/若者がびっくりするようなことをしたとする(いたずらのようなものを想像してください)。そのことが、いかに他人に迷惑をかけているかをその子/若者が気づいてなかったとする。
怒る場合…

Facebookは仕事ツール SNS①

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■社会的“顔”があってこそ

この前ツイッターでつぶやいたのだけど、チュニジアやエジプト革命で大活躍だったFacebookは、実にSNSらしいSNSで、原則実名顔写真公開というルールのために、日本ではたぶんミクシィのような流行り方はしないだろうとした。

おもしろいことに、実名顔写真オープンだからこそ、少なくとも我が国では、自分の「秘密」はそこでは扱えない。
ある程度「社会的“顔”」を元に、そこでは関係性が成り立つだろう(日本では)。よほどガードを固くするとプライバシーが守られるだろうが、そんなプライバシーは、わざわざFacebookを使わなくても数人単位のメールで十分だ。

となると、公的な個人情報が中心となるメディアになるだろう。公的な個人情報とはつまり、「仕事の自分」あるいは「(サークル等個人的活動を除いた)学生としての自分」ということだ。
だからFacebookは学歴欄があるのか、と思う。創設者のハーバードの天才はたぶんハーバードしか自分の「社会」がなかったのだろうが、彼がひきこもりの天才だったらFacebookのような媒体は生まれなかったのかもしれない。
創設者が大学生だった(つまり大学人という社会的属性を持つ)からこそ、生まれたのがFacebookだったのだと思う。

■社会訓練としてのFacebook

僕はツイッターでは、ひきこもりの人はあまりFacebookを使わず、今まで通り2ちゃんねるを愛用するのでは、と書いた。
「社会の中の自分」がなければ、Facebookは有効活用できない。

僕はこれを逆手にとって、たとえば若者就労支援のプログラムの中にFacebook登録を含めてもいいのではないかと思う。
Facebookに登録することは、社会に属するということだ。当然、そこではある程度のコミュニケーションスキルを求められる。
2ちゃんねるのような荒れ放題のコミュニケーションは通常の「社会」とは言えない。社会人が属する「社会」とは、たとえば、挨拶、メモ、スケジュール管理、ホウレンソウなどが当たり前のようにある社会のことを指す。

それらが当たり前のようにある「社会」の中で、たとえば中小企業への就職活動の情報交換などをしてはどうだろうか。ブラック企業を恐れるあまり、普通の中小企業までも若者たちが敬遠し、その結果何十社も大企業を落ち続けるという現象が全国的に蔓延して…

たとえば「発達障害→がんこ→ダメ」という思考の罠に陥らないために 〈支援の最前線〉2

支援というものは車の運転と同じで、3ヶ月、半年、3年あたりが過ぎた頃、慢心してしまうジャンルだ。慢心でなければ、忙しさと仕事の重さのために何かが麻痺してしまうジャンルだ。
僕には病気をする少し前あたりから、支援者向け講演や研修の依頼が増え始めていた。僕も46才、青少年支援の仕事を始めてからもう15年になる。20代は編集やライターの仕事をしていた(というか友人と小さな出版社を立ち上げそこそこ軌道に乗せた)ため、いつまでも編集者気分が抜けないでいたが、そうしたことを知らない人から見ると、僕はすでにベテラン支援者のひとりになっている。
そうしたことから、支援者研修の講師として依頼をされたり自分で企画したりするようになっている。あのまま病気をしなければ、今年はもう少し規模を拡大した企画へと展開していただろうが、病気のために、運命は僕に少しの休息とこれまでの方針の点検と見直しをする時間を与えた。身体はだいぶ回復しているので、春を過ぎ夏になれば、そうした研修や頓挫している「青少年支援者学会」も再び動き出すだろう。あわただしくなる(といってもワーカホリックは卒業しました)その前に、支援をし始めた人や何年もしているけれども忙しくて立ち止まれない人向けに、いくつか思いつくことを書いていきたい。
〈支援の現場〉シリーズもそうだが、この原稿を研修用の資料に使っていただいても結構です。

今回僕が言いたいことはすごくシンプルだ。だからいつものようにだらだらと文学的に表現しないが、このシンプルさには常に罠がはりめぐらされているということに注意しよう。そしてその罠に一番はまりすいのが、支援者なのだ。

「発達障害」というのは一般的な概念である。
また、「がんこ」というのも一般的な概念である。
一般的な概念とは、誰にでも応用可能なものという意味だ。その反対側には単独性という概念がある。それは、世界で一つしかないものという意味だ。たとえば、田中俊英は人間という一般概念に属しながら、田中俊英という世界でひとりだけの単独性を有する、ということだ。
今回は単独性は考えない。一般性をどう区別するかということから始める。
発達障害というのは、ある種のマイノリティ(多数派から見て「多数派ではない」という意味)を指す。あえていうと、マイノリティ的一般性だ。「がんこ」はどちらかというと、性格に属するものだろう。あえていうと、性格的一…

「当事者」という言葉 〈病気のあとで〉1

自分が脳出血という重い病気になっても、まわりが心配する重みに比べて意外と当人はその重みがなかったりする。
でも実際は、昨年(2010年)の8月19日に倒れて即手術を受けた後、10日間はまったく記憶がない。あとで聞くと、その間も僕は、看護師や医師相手に滔滔と仕事の展望について意味不明のことを語りつくしていたらしい。そうしたことも含めたたくさんの迷惑をまわりにかけてしてしまった。
そしてその間、僕の記憶は完全にない。46年間生きてきて、10日間も記憶がない体験は初めてだ。9月になってから、医師に、「死か、重い麻痺か、今の状態かの3つのいずれかだった」と言われた。
その言葉あたりから以降の記憶はある。そしてそのときに自分に言い聞かせたのが、「これからは人の言うことをきちんと聞こう」ということと、変な話だが「親孝行を自分なりにしよう」だった。なぜそんなことを突然自分に言い聞かせたのかは今もわからない。
そしてそれから早くも5ヶ月が過ぎた。この頃は、段階的に「あ、また復活してきた」みたいなノリで自分の回復を感じている。具体的にどこがというのではなく、たとえば歩いているときに、「あ」みたいな感じで発見がある。自分の内のほうから何かがせり上がってきて、どすん、と体の中のどこかに座りこむというか、内なるデッサンの上にまたひとつ新しい色が増えたというか、まあそのような感じで「またオレ、ちょっと戻った」みたいに感じている。
記憶が清明になってきた9月初め頃、医師の言葉を記憶する前からすでに、「こちら側にいる」実感のようなものにすでに包まれていた。これからいろいろな人の闘病記を読んでみて僕の実感と比較してみようと思っているが、僕の場合、「あちらかこちらか」の分かれ道をたどって今はその「こちら側」にいるという、感覚は確かにあった。それは、生きているからよかったという意味作用を伴ったものではなく、強いて言うと「このようになったのならこのように生きよう」というような「受け入れ」の感覚だった。
だから、まわりの人からみると、やけに淡々としていたかもしれない。

そのような思いで昨年の秋頃は過ごしていて(まあ今も深い部分では変りないが)、ある日突然に思ったことがあった。
それは、「ああ、オレはオレという人生の当事者なのだなあ」ということだ。
僕は思春期の頃から世の中を斜めから見る癖がついていて、それは自分に対しても…