生の可能性とFacebookの時代 『リトル・ピープルの時代』2.3章〜終章 宇野常寛/幻冬舎 〈書評もどき〉

今は15日の午前中だが、これからブログを書いて帰阪する。四国はくもり空だけど、一昨日のような厳しい暑さではない。昨日、スコールが昼頃降ってから(もう日本は亜熱帯になったのだから、「スコールのような」という表現はやめた)なんとなくすごしやすくなった。

結局、『リトル・ピープルの時代』はきちんと読めなかった。前々回に「痛い本」と書いたがその印象は最後まで変わらず、どころか、2章(一番長い章)なんてまるまる「仮面ライダー論」だったから、痛いどころか超激痛みたいな読書だった、僕にとっては。
だから今回は〈書評もどき〉としている。告白すると、2章の半ばころから飛ばし読みしちゃった。だって、仮面ライダーの細かい内容なんて、僕にとってはどうでもいいんだもの。一応、こういう僕でも「おたく第一世代」と日頃は自負しており、大きな病を体験したあとでも、だいたいのものは読んだり見たり聞けたりはする。

だが、今回は違った。細かい仮面ライダー論は「リトルピープル論」につながり、それは「拡張現実論」(たとえば「セカイカメラ」というソフトを使って現実を「より深く」体験していくことらしい)へとつながっていく。おそらくこの背景には、東浩紀を経由してフランス現代思想へとつながるのだろうが、本書では東は出てくるがフーコーやデリダは出てこない。だから、本書のみを読んでいると、根本理論は決してつかめない。
僕は以前大学院でドゥルーズやデリダやフーコー等を死ぬほど(自分なりにですが)読んだので、「なんとなくあれがネタ元かなあ」と予測はできる。けれども、本書においては、「東浩紀用語」が説明なくさらりと出てくるものの、そのさらに先がないものだから、肩透かしというか汚い言葉を使うとまるでだまされたみたいにあっさり進んでいってしまう。おい、そこはもうちょっと説明すべきだろうという理論的ポイントもさらりとすすみ、どうでもいい仮面ライダーのストーリーがたっぷり語られる。
だからひどく疲れる本だった、これは。やっぱ、理論は理論としてきちんと説明しないといけない。

本の中で、「ひきこもり」という用語も出てきたが、その使い方にしても従来の「思想家が使う一般的言葉としてのひきこもり」からはみ出るものではなかった。だから、ひきこもり論としても読む必要はないと思う。
それも 含めてだが、とにかく内容が古いと感じた(バリバリの新刊ですが)。2章は仮面ライダーばかりだったから3章ではびしっと決めてくれるだろうと思って期待したが、従来の東用語やネット用語・概念に基づいた説明ばかり。たとえば、こんな一節。


リトルピープルの時代ーーそこに出現しているのはいわば否応なく小さな父たちとして機能する人々(プレーヤー)が無限に連鎖(ゲーム)する世界だ。そのゲームの中に渦巻く想像力は、〈ここではない、どこか〉へ私たちを連れていくことはない。その代わりに〈いま、ここ〉にどこまでも「潜り」、多重化し、そして拡張していく。
私たちはこの外部を喪い、自己目的化するコミュニケーションの連鎖する新しい世界により深く、深く「潜る」ことで変えていくべきなのだ。(p437)


当ブログの読者は、青少年支援者・NPO関係者・当事者とその家族が大半を占めると思われるので、こんな文章を読んでもおそらく「はあぁ?」だろう。実は僕も、そしてかなりの哲学好きの僕でさえも、「はあぁ?」だったのだ。その「はあぁ?」の原因は、たぶん、我々が東日本大震災を通過しつつあることにつきる。
本書は3章で、東日本大震災をとりあげている。とりあげた結果、その最終章で出てくるのが上の引用箇所だ。著者は、すさまじく想像力のない人だと思う(のんきな僕がここまで書くことはほとんどない)。地震と、死と、永久に続く事故に接している今、「多重化し、そして拡張して」いくのもいいが、その前にやることがあるだろう。

それは、「拡張現実」ではなく、「現実直面」だと思う。我々は必ずいつか死ぬ存在だから生のあいだはその生を生ききる、ネットでは匿名ではなく実名を使う、そして働く機会があれば働く、学ぶ機会があれば学ぶ、食べるときはきちんと食べる。このように、ヒトとしての現実を素直に直視できる時代が、地震によるおびただしい死と原発の永久事故という犠牲と引換えにやってきたような気がしてならない。
すでに若者たちはそのことに気づき、動き始めているような気もしている。プラッツで就労関係の事業に取り組んできたここ数年、そのことを薄々感じ始めたが、今年になってその感覚は本物だと確信し始めた。
ポストモダンの進化の行き止まりにいる論者が行き止まり議論を延々書く間、現実は、あっさりとその論者たちを不要にしたと思う。それは、(死の直視を反転させた)生の可能性への賭けと、たとえば(実名交流が前提の)Facebookの本格的拡大という、具体的ポジティヴィティが証明している。★

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