日本では「占拠」ではなく「対話」だった 〜11/23 ニート100人集会〜


おっと、気づけばもう土曜日だ。春頃から当ブログが週2ペースになって以来、初めての1週間空きとなってしまった。
病気以前のように超ハードワークではなくしっかり夕方には帰ってきているものの、なにぶん朝イチ出勤(会議等も増えてきたし)が続くため、夜はブログを書く力が脳に残っておらず(でもしっかり休息しています)、あっという間に1週間たってしまった。

で、今回は前回から続く「キーワード」シリーズをまとめて「2011年以降の淡路プラッツの行動指針」を発表しようと思っていたのだけれど、それは次回以降にすることにした。
というのも、今週は23日祝日に(勤労感謝の日!)、「ニート100人集会」という大イベントが大阪・梅田のブリーゼブリーゼ(たしかここは昔のサンケイホールで、僕も弟とストリートスライダースのライブを見に行ったような記憶もあるが、今はまあいわゆる最先端若者ビルですね)であったから。
淡路プラッツからも15名ほどの若者が参加したこともあって、僕も当日午後に様子を見に行った。今回はその感想を簡単に。
Facebookにも同じ写真を載せたけど、ここにも繰り返し載せておこう(上/参加者の「顔」は大丈夫だと思うけど)。iphone4s→iCloudという組み合わせは最強。

プラッツから15人行ったように内実はいろいろなところから集まってきた人たちだったのだろうけど、いわゆるニートと呼ばれる若者たちが100人集まっている光景は圧巻だった。そして何よりも僕が感心したのは、その100人の若者たちが小グループに分かれて主催者の企画どおりに熱心に話し合っていた姿。
1日話しあった結果の要望は主催者がまとめて、企業等へと提案・提出していくそうだが、その要望が無事届くことをプラッツとしても応援していくとして、僕はこの日、あらためて「日本」という不思議さを感じたのであった。

それは、ニューヨークほかのアメリカの若者のように「ウォール街を占拠」するのでもなく、中東の人々のように古典的なデモを展開するのでもなく、「対話(ダイアローグ)」だった。
ちなみに、ニューヨークもカイロもオオサカも、若者たちを襲う基本的な問題(中東も背景には経済問題があるだろう)は同じだと思う。つまりは、グローバリゼーションの問題だ。

大阪府主催・受託NPO運営という背景はあるにしても、実際に若者が100人が集まって、自分たちの問題を熱心に対話・討議できる国民というのも、おそらく世界的に珍しいのではないだろうか。
僕は未読だが、いま『絶望の国の幸福な若者たち』(古市憲寿/講談社)という本が注目されているという。20代の75%が現在の生活に満足していると、アマゾンの同書コピーには書かれているが、そうした背景も、ニート100人会議が静かな対話型で進行できたことと関係するのだろうか。

こうした原因として、僕としては、やはり日本人の死生観に行き着く。今年は特に、東北で大地震が起こって2万人もの方が一斉に亡くなった。日本は有史以来、自然災害で突発的定期的に人が大量に死んでいく特異な国だ。大病を通過した自分自身を振り返っても、常に死にさらされていると、人は静かになり、エキサイトできなくなる。
そこに、同質社会特有のタコツボ現象等、さまざまな要因が重なって「占拠」にはならず「対話」になったのだと思う。いつも僕は当ブログで、この国のタコツボ社会(ちなみに元ネタは丸山真男です)現象を嘆いてはいるが、僕自身、そうした死生観と同質性を根強く有しており、そこから逃げることは難しいと日々感じている。

だが、「占拠」とは別の意味で、「対話」もまた新しいものを生み出す。もしかすると「占拠」よりも「対話」のほうが21世紀型かもしれない。今回のニート100人会議が一発屋企画にならないよう、僕も応援していきたい。★