「NPOコーポレート哲学」は可能か

昨日僕は48才になった。確かにこの年になると誕生日にはまったく興味ないが、Facebookの「友だち」のみなさんからおめでとうメッセージをたくさんいただくと、何となくうれしい気分になってくるから不思議だ。
あと、四国の母親と僕は誕生日が同じで、しかもそれがホワイトデーの3月14日だから、その点もだいぶ気に入っている。病気後、僕は母親との時間を大切にしようと思っており、4月からは月何日かは在宅勤務ならぬ「実家勤務」を実行しようと思っているほどだ。

「病気」と書いたが、 僕が脳出血で倒れてからはや1年半たった(詳しくは右欄「200号を転換点として」参照)。当ブログを開始してからも1年が過ぎている。
しばらくはこのブログが僕にとっての最大の仕事だったから、アクセス数をあげようと思ってさまざまな工夫(「橋下知事」や「スティーブ・ジョブズ」のような話題の言葉をタイトルにしたり、立て続けに書評したり)をしたが、この前、なぜかヤフーニュースとリンクされ瞬間風速で1日4000アクセスまでいったあとは気分的にも落ち着いてしまい、アクセス数にもこだわらなくなった。

毎日の仕事がだいぶ忙しくなってきたこともあるが、第一は、僕の身体が本当に「健康」になってきたことで、頭の中がだいぶすっきりしてきたこともある。
そうなると(つまり健康になり頭が冴え始めると)、元々の僕が現れ始めた。
でも心配しないでくださいね。食生活や働きすぎにはかなり気をつけているので、おそらく10年あるいは20年程度はこのままの生活が続くような気がしている。
頭の中が冴え始めたということはつまり、本格的に「哲学スイッチ」が入り始めたということだ。

その哲学スイッチのターゲットはいま、「NPO経営」に向かっている。
思い起こせば15年前、日々の青少年への支援仕事に行き詰まりを感じ、臨床心理学でもない、ソーシャルワークでもない、かなり迷ったが精神分析でもない、とさまよった挙句たどり着いたのが、大阪大学「臨床哲学」だった。

当時はまだ鷲田清一先生が現場で指導されていて、そこに中岡成文先生や若き本間直樹先生ががっちり脇を固めているという、僕にとっては最強布陣の教師陣だった。
加えて、臨床哲学黎明期の当時は社会人院生が半分以上を占めていて、医療や教育の最前線で奮闘する「学生」さんたちのエネルギッシュな議論を毎週聞くことができた。

そのような議論に参加したり、20代の頃からずっと気になりながらも途中で投げていたポストモダン哲学(ドゥルーズやフーコー) を読む読書会に参加したり、フロイトやラカンを哲学的に吟味・精査する小規模勉強会に参加したりするなかで、僕の現場での迷いは徐々に溶けていった。
何よりも、ドゥルーズやフロイトの精読(社会人院生の僕なりには精一杯がんばった)をもとに、PTSDの仕組みを解明しようと奮闘した修士論文の作業を通して、ひとつの区切りを迎えることができた。

修論に熱中しすぎて博士課程申込書類提出を忘れてしまったくらいだから(当時はショックだったけれども、今から思うと現場に早く完全復帰できてよかった)、あの作業は僕の人生の中では最も勉強した1年なのであった。

そんな、30代半ばからの遅れてきた哲学マニアの僕が、大きな病気のあと青少年支援の現場に復帰し、NPO経営の仕事を主にするようになってから1年半がたった。
この間、読んだ本の半分以上は経営関係のものだった。基本的に病気療養生活だったからトータルでも30冊くらいしか読んでいないものの、昔、心理学の本を読んでいて感じた「違和感」を経営学にも感じるようになっている(まあ実は初めから抱いていたのだが)。

心理学ではたとえば「共感」や「受容」は、当たり前の基本的な言葉として解説なしに使われる。僕はそもそも、このような言語群が自明の言葉として流通する世界に疑問を持った。
同じように経営学の一般的テキストには、たとえば「目標」「評価」「組織」「リーダーシップ」「戦略」等が自明の基本的言葉として使われる。僕は、これらの言葉が実はいちいちひっかかる。

経営学は何よりも実践の学問であり、要は「カネを稼いでなんぼ」のための「理屈」なのだから、自明の言葉にはこだわらない世界であることは百も承知の上で、このようなことを書いている。

僕が所属する世界はNPO経営の世界だ。NPO経営にはおそらく、「一般企業と同じスタイルを目指す経営」と、「NPOならではの新しいかたちを目指す経営」の二種類があるだろう。
僕は、せっかくのNPOなのだから、後者の「NPOならではの新しいかたち」を模索していきたい。
そのために、 「NPOコーポレート哲学」があると思う(さっき思いついた造語です……)。これから、当ブログで(もちろん毎回ではないが)展開していきたい。働き過ぎに気をつけながら、ね。★